当帰

北海道の北見から少し南西に入ったところに訓子府(くんねっぷ)という町がある。チーズやバターなど乳製品で近頃有名になっているが、一時はハッカの栽培生産で世界一の産量を誇っていた薬草生産の伝統のある町である。現在は当帰の生産が盛んだというので、1980年代、レンタカーを飛ばして見に行ったことがある。なだらかな丘陵地帯を走りながら、さて当帰畑はどこだろうと土手の下で車を止めて、ドアを開けると鼻にツーンとくる独特の香り、土手に登ってみたら、目の前の大きな畑がトウキで埋め尽くされていた。北海当帰の不人気で最近はすっかり衰退した。

Episodical Pharmacognosy in Kampo Medicine ニホントウキ。茎が紫色になる。

ニホントウキ。茎が紫色になる。

大和当帰(奈良県大深産)

大和当帰(奈良県大深産)

北海道訓子府のトウキ栽培

北海道訓子府のトウキ栽培

泰帰頭

泰帰頭

日帰・北帰

当帰は日本で栽培され、国内の需要をまあまあ充し、輸出もされるという今では珍しい生薬である。栽培の歴史は古く、江戸時代には近畿以北の日本各地で野生品や栽培品の産出があったことを考えると、中国の漢方医学が渡来するより以前から、民間薬としての利用があったと考えておかしくない。

中国で本来使われてきた中国産の当帰の基原植物は、日本のものとは種が異なり、 Angelica sinensis(セリ科)である。 中国産のものを区別するために、日本ではカラトウキ(唐当帰)という。産出量、品質などから中国では生薬に地名をのせたブランド名で呼ばれることが多いが、甘粛省産のものは秦帰、四川のものは川帰、雲南のものは雲帰などと呼ばれ、別格の扱いを受けている。

日本産の当帰は奈良、和歌山で主として栽培されるニホントウキ(ヤマトトウキ、オオブカトウキ) A. acutiloba と、北海道で栽培されるホッカイトウキ A. acutiloba var. sugiyamae の2種がある。 ただ、この2種はいずれも日本に同一の野生種が認められず、そのルーツがよく分からない。日本にもともと野生が見られたものはイワテトウキ A. iwatensis で、江戸の末期まで、南部当帰、仙台当帰という名で今の岩手県、宮城県から野生のものを採取して出荷されていた。新潟の越後当帰、滋賀県の伊吹当帰も以前はミヤマトウキ、イブキトウキという名でそれぞれ区別されていたが、現在では植物学的には同一種とされている。重要な生薬なので、ずいぶん利用され、取り尽くされて、地方によっては絶滅してしまった所もあると考えられるが、今でも日本アルプス槍沢の谷間などにひっそりと群生しているのが見られ、昔はかなり広い範囲で分布していたものと思われる。

ニホントウキは茎が濃い紫色になるという特徴があって、見分けは容易である。この植物は今のところ日本に野生品が見られず、中国でも日本人入植者が奈良から持ち込んだと言われる吉林省で、わずかながら栽培されているだけで野生はない。中国からの渡来説もあるが根拠はなく、17世紀ごろから奈良、京都で盛んに栽培生産された事実だけか確かに分かっているにすぎない。

東北大学におられた故ヒキノヒロシ教授の研究で、ニホントウキはイワテトウキあるいはその品種の一つであるツクバトウキの改良品種ではないかとされている。しかし、まだ別の考え方も可能で、一つは大和地方にこの原種となった野生植物があったけれども、薬用植物として取り尽くされ、野生のものは姿を消してしまったというもの、もう一つは、17世紀末に始まる各種生薬原料植物の中国種導入栽培で入ってきた、カラトウキと日本のイワテトウキが交雑してできた新品種ということも有り得ない話ではない。カラトウキも茎は紫色である。日本薬局方は四川当帰を認めておらず、日本のニホントウキが四川省などで栽培されて、四川省産の日本当帰が中国から輸入されている。

ホッカイトウキは茎が淡緑色で赤くならず、香りも少し異なっている。根の主根が太く側根の数が少ないため、生薬に調製したとき、ほっそりとした感じになる。根の色は逆に大和当帰にくらべやや濃い色をしている。ニホントウキは明治時代に一度試みられたが、北海道ではうまく栽培できなかった。気候、土壌もあるが、芽くりという花芽を摘み取って根を太らせる面倒な作業が北海道の粗放型農業には向かなかったようである。昭和に入ってどこからともなく出現したホッカイトウキは栽培しやすく、芽くりをしなくても一応使える当帰ができるため、1960年代から薄荷生産の衰退と入れ替わるようにして急速にひろまった。香港などでは食品用に北海当帰が好まれて人気がある。

成分と品質

当帰の成分はフタライドと呼ばれるグループの、リグスティライドと、二重結合が一つ多いだけの違いしかないブチリデンフタライドの二つが血管拡張、鎮痛、鎮静、鎮痙などの主要な作用を示す。また、ポリアセチレン類のファルカリノール(人参のパナキシノールに同じ)、ファルカリンダイオール、ファルカリノロンなどが抗炎症、鎮痛の作用を示す。北海当帰はリグスティライドの含量が大和当帰の 1/5 から 1/10 しかなく、残念ながら品質はかなり劣ると言わざるを得ない。

北海道東部の気候風土に適していて、成分の良い品種、芽くりをしなくても根にスが入らず、よく太る新品種を早く作り出さないと、北海道の薬草生産の存続にも影響を及ぼしかねず、関係者の一層の努力が期待されるところである。

中国では太い主根部を帰頭、太さが一定の側根部を帰身、根の先の細い部分を帰尾といって区別することがある。帰頭は血を上にめぐらせる性質があり、下半身の血便血尿に良く、帰身は身体を守り、補固する。帰尾は・血を通ずる性質が強いとする。

【薬効と漢方処方】

当帰は婦人病薬と知られ、その名も実家に帰ってきた嫁が夫のもとへ「まさ(当)に帰るべし」と母に言われたというのが語源といわれている。作用は鎮痛、抗痙攣の作用が強く、抗炎症、中枢鎮静作用など、血に関すると考えられる抗凝血作用、血小板凝集能抑制など多くの作用が証明されている。

配合されている漢方処方は多く、よく利用されているものが多い。婦人病薬としては当帰芍薬散、女神散、加味逍遙散、温清飲、牛膝散、四物散、当帰散など、鎮痛鎮痙薬としては五積散、紫雲膏、当帰芍薬散、当帰湯、当帰四逆湯などがあげられる。

▲ このページのトップへ