淫羊藿 (いんようかく)

李時珍の「本草綱目」に有名な記載がある。曰く「西川(四川西部)の北部に淫羊という動物があって、一日に百回交合する。それはこの藿を食うためだということだ」(鈴木真海訳:新註校定国訳本草綱目)。この記載に尾ひれがついて、まことしやかな伝説ができ、いろいろな精力剤の広告に使われている。

ホザキノイカリソウ
ホザキノイカリソウ
Epimedium sagittatum Maxim.
(メギ科)
淫羊藿 
淫羊藿 (箭葉淫羊藿 )

将軍・徳川吉宗の時代、享保6年(1721)に小石川薬園が拡張され、翌7年(1722)、その中に小石川養生所を創設された。この年、献上された薬草の中に唐物の淫羊藿 が含まれていた。小石川薬園は現在、東京大学附属小石川植物園になっている。

それからほぼ300年、小石川植物園内の薬草園にこの時植えられたと思われるホザキイノカリソウが今も植え続けられている。今では珍しい植物になってしまった中国四川省西北部高原地帯の植物が、異国の地で元気に育って系統保存されていることは感動的でさえあるといえまいか。

江戸末期小石川薬園のすぐ近くに自分の薬園を作っていた岩崎灌園が植えていたものは小石川薬園から譲ってもらったものだと推測される。この岩崎家の遺族から牧野富太郎がもらって庭に植えておられたものを、私の父・木村康一が一株譲ってもらい、ここから武田薬品はじめ全国のかなりの薬草園に広がった。こちらも300年間、誰が植えていたかがはっきりと分かる系統保存がされていたことになる。

本草綱目の記載はホザキノイカリソウ Epimedium sagittatum Maxim.(メギ科)によく一致するが、最近の中華人民共和国薬典をはじめとする中国文献では心葉淫羊藿  E. brevicorum Maxim. が第一に挙げられており、ホザキノイカリソウは2番目になっている。他にも同属植物3種が挙げられており、中薬大辞典では日本のものと同じヤチマタイカリソウ E. grandiflorum Morr.を第一に挙げている。日本ではヤチマタイカリソウやトキワイカリソウを使っていたが、今は生産が少ない。

イカリソウの類は早春に美しい花をつけるが、夏から秋にかけてよく生長した地上部を刈り取り、茎と葉を日にあてて良く乾燥したものを淫羊藿 としている。ホザキノイカリソウを基原とする箭葉淫羊藿 は湖北、四川、淅江など中国各地から出荷される。

ホザキノイカリソウには、イカリイン、イカリサイド機▲汽献奪肇汽ぅA,B,C、エピメジンA,B,Cなどのフラボノイド化合物が多数知られている。これらイカリソウ類のフラボノイドには、共通してイソプレン側鎖がついており、特徴ある化学構造を示している。

淫羊藿 の薬効用途は神農本草経にも「治陰痿、絶傷、茎中痛。利小便。益気力強志。」と記載されている通り、いわゆるインポテンツの薬としてあまりにも著名である。葉や地下部の煎液に、動物実験でも性機能の興奮が見られ、犬では下垂体ホルモン様の作用で性腺分泌を促進し、精液の分泌促進の効果が認められている。また、雌のラットでは卵巣や子宮の重量が増加した。「絶傷」が何を意味するのか分からないが、下肢の疼痛性運動麻痺や筋肉や関節のけいれん、手足のしびれなどに使う使い方もあるので、これを意味しているのではないかと思っている。陰痿や月経不順のある虚証の高血圧にも応用される。

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