大黄

奈良の正倉院には、1240年も前に中国から渡ってきた大黄が残されている。ロンドンの王立植物園キュー・ガーデンにある薬草博物館にはシルクロードを運ばれてきたという大黄がひと山陳列してある。シルクロードが影響を及ぼした東と西の両端に、同じ生薬がそれぞれ王様の宝物として大切に保管されているということになる。
1982年の春、四川省の高峰ミニヤコンガでなだれにあい、奇跡の生還をした日本人登山家を発見し、救出したのは大黄を堀るために雪解けの山に入っていた薬草採り達であった。その一人は自分の村まで70キロの道のりを半日でかけ降り、急を知らせたという。しかも裸足で。

Episodical Pharmacognosy in Kampo Medicine モミジバダイオウRheum palmatum

モミジバダイオウRheum palmatum。

四川省産馬蹄大黄

四川省産馬蹄大黄

大黄の断面に出るつむじ紋

大黄の断面に出るつむじ紋。

薬用と非薬用

大黄の基原植物は近縁植物が数種類あり、薬用になるものはタデ科レウム属パルマータ節に分類される掌葉大黄Rheum palmatum、唐古特大黄R. tanguticum、薬用大黄R. officinale、朝鮮大黄R. coreanumの4種である。いずれも大型の多年草で、茎は直立し、高さ約2メートル、葉の直径は60センチから1メートルにもなる。
同じレウム属でも、もう一つのグループであるラポンティカ節に分類されているものは、ラポンチシンと呼ぶスチルベン配糖体を含むため、腹痛を起こすという副作用があり、薬用には適していない。葉の辺縁に欠刻がなく、波うつという共通点がある。生育地も共通して低地である。

錦紋と馬蹄

本物の大黄には、質の堅い重質の北大黄と、内部にすき間が多く質の粗い軽質の南大黄がある。北大黄は青海省、甘粛省、陝西省の高地に産出し、断面に独特の異形肥大生長によってできるつむじ紋が多数見られるので、錦紋大黄と総称されている。野生品採取のものと、栽培によるものの両方がある。調製法にも皮付きのものと、皮を去って卵形に成形したものがある。上質の錦紋大黄は、シルクロードの時代からヨーロッパに運ばれ、日本にはあまり輸入されていなかった。
南大黄あるいは、雅黄と呼ぶ軽質の大黄は、主として四川省西部の海抜2000から4000メートルの冬は雪に覆われ、夏は乾燥するような高原に自生するものを採取している。甘孜地区のものが最も多く、雅黄の「雅」は、その集散地の地名雅安に由来する。これにアバおよび、涼山地区のものを加えて三州大黄と呼んでいる。いずれも長江の上流域になる。根茎はかなり大型なので、厚く輪切りにしてひもを通し、1〜2ヶ月吊して乾燥する。頭部のものは馬の蹄に似た形になるので馬蹄大黄ともいう。断面の濃い褐色と黄色の模様は複雑に入り組んで、つむじ紋がわかりにくい。
基原植物は錦紋大黄がR. palmatumおよび、R. tanguticumの両方、雅黄、馬蹄はR. officinaleというように推定されてきているが、最近の中国の調査では、四川省産の軽質の大黄もpalmatum がほとんどで、R. officinaleは四川と雲南にわずかに産出するだけだという話である。成都や昆明の薬店で錦紋、雅黄、薬用と区別して注文すると、それぞれ別々の生薬を出してくる。いずれにしても、中国の大黄の基原植物はまだ他にある可能性もあり、詳しい調査が必要であろう。

日本の大黄

日本には、北朝鮮産のチョウセンダイオウを主体として種々交配し、低地栽培を可能とした改良品種が帯広などで盛んに栽培されるようになった。研究栽培の続けられた長野県野辺山に因んで、信州大黄と呼んでいる。品質、形状ともに錦紋系のものと言える。
大黄の成分、薬効に関する研究は、九州大学西岡教授を中心として活発に進められてきて、瀉下作用の本体はもちろん、抗菌、抗腫瘍、消炎、鎮痛の作用、窒素代謝改善、実験腎不全の改善、各種の向精神作用など、単なる下剤ではなく、広汎な目的に応用する大黄の漢方的な使いかたが次々に解明された。
富山医薬大の小橋教授らは腸内細菌によってセンノサイド類が分解され、レインアンスロンなどの形で強い瀉下作用を表すことを明らかにしており、腸内細菌の種類によって瀉下効果に差が出る、つまり薬効に個人差がでることを説明している。

【薬効と漢方処方】

漢方では、瀉下作用、消炎作用、ふる血を除く作用などの薬効を認め、便秘、肥満、炎症症状、のぼせ等の神経症状などに用いる。
防風通聖散(ぼうふうつうしょうさん)、大柴胡湯(だいさいことう)、桃核承気湯(とうかくじょうきとう)、乙字湯(おつじとう)等の漢方処方に配合される。

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